アジアのIEに学ぶ
2010年12月 / 268号 / 発行:2010年12月1日
目次
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巻頭言
世界最適地生産へ
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特集テーマのねらい(特集記事)
アジアのIEに学ぶ
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論壇(特集記事)
新興国におけるモノづくりの考え方
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ケース・スタディ(特集記事)
海外生産における現場改善の推進事例
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ケース・スタディ(特集記事)
中国製造拠点の運営
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ケース・スタディ(特集記事)
ベトナム生産拠点の工場運営の取り組み
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ケース・スタディ(特集記事)
中国工場のものづくり革新
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連載講座
改善の定着を指向した5S[Ⅱ]
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会社探訪
鍛え抜かれた技と感性-(株)ヤイリギター-
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ビットバレーサロン
ムダを見つける目とIE改善マインド(中)
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コラム(63)
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協会ニュース
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新刊紹介
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編集後記
特集のねらい
本企画は、アジアで展開されているIEを、先入観をできるだけ排除して素直に学ぼうというものである。今まで、多くの日本企業は欧米をお手本としてきた。そして無我夢中で学ぶうち、日本独自のIEを産むに至った。このことがアジアにも起こっているかもしれない。つまり、日本が気づかないうちにアジアでも独自のIEが育ってきているかもしれないのである。それが元気なアジアの原動力のひとつになっているのではないか。もしそうならば、それを虚心になって学んでみてはどうか。
例えば次のようなことである。
- (1) 愚直なまでにIEを追究していこうとするパワー
日本も昔はIEを徹底的に追究した時代があった。しかし「乾いた雑巾を絞ってもムダ」という考え方や金融などのように、楽をして稼ごうという考え方がはびこるようになってきた。しかし一部の日本企業では、現在もなおIEを追究しているが、その中心的な場所をアジアに移し替えているようにも思われる。 - (2) 真似は必ずしも常に悪いわけではない
アジアの製品や生産技術は模倣がたびたび問題になる。しかし、真似はそのすべてが悪いということでは必ずしもない。インドが力を入れているジェネリック薬品は、開発コストを大幅に削減でき、価格の安い薬を社会に提供できるという利点がある。薬品以外の製品でも、あるいは生産技術や経営管理についても、合法的でありさえすれば、良いところを積極的に真似して改善を進めていくのが得策である。 - (3) それほど完成度の高い物を作る必要があるのか
日本では完成度の高い製品を生産し販売していくことがこれからの生きる道である、という考え方もある。しかしそれは物によるし、使い方にも依存している。インドのタタ社は、圧倒的に安い車を作った。時速が100キロくらいしか出なくても、使い方によっては問題がない。 - (4) 異なる文化
インド人は二桁のかけ算を暗記しているという。そのような算数計算を必要とする作業では、日本人には想像できないような作業の仕方を展開するであろう。
以上のようなことを考えると、日本が忘れていたこと、気が付いていないことが多く存在している可能性がある。それらをアジアの工場の事例を通して見つけ、考え直し、学ぶべきところは学ぼうというのが本号の企画である。
記事の概要
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論壇
浙江大学経済学院・アジア経済研究所開発スクールの竹内常善先生は、「文化」を中心に述べておられる。そのひとつは、人治主義と法治主義の違いを念頭に置かれよ、という以下のような議論である。「アジアのほとんどの地域では、まだ欧米風の経営システムも、日本風の法制度も確立してはいない。作業管理や経営上の管理目標が一応できていても、予想外の事態に立ち往生している日系企業も多い。多くの日本人は現地に多い『人治主義』という言葉を、依然として単なる『コネ社会』とか『ネポティズム』と同じように理解している。その程度の理解能力しかなかったために、当初から賄賂攻勢を行って早々に頓挫した某ゼネコン企業の話は、現地の笑い話となった」という。そして「留意していただきたいことは、人治主義が前近代的で、法治主義こそが近代的だとするダイコトミーには陥らないで欲しいという一点だけである」。
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ケース・スタディ
- (1) インドネシアにあるPT.Yamaha Music Manufacturing Asia(YMMA)の市川猛氏は、12年の歳月を経て、4,000名の従業員で、7,000種の原材料・部品を購入して、5,000種類の部品・ユニットを生産し、それらを使用して850種類の完成品を全世界に出荷するまでに成長したYMMAの改善事例を述べておられる。この会社のもうひとつの特徴は、全社員平均の勤続年数が3年3か月という「経験不足の社員が多い」ということである。というのは、1契約期間は1年間としており、それを3回まで更新することが法律上認められているためである。3回目の契約期間満了の時に、正社員へ登用するか解雇するかを判断することになるが、このとき、毎回20%の程度の社員が落ちこぼれてしまい、かつ登用試験にかなりの人数が落ちてしまうためだという。しかし継続的にIE教育をし、改善活動を続けてきた結果、工程の間締めが進みスペース効率が大きく改善できた。設立当初は計画されていなかったプロオーディオ機器、デジタル機器などの生産追加が建物の増床なしで実現できたという。
- (2) 住友電装の楢原晴夫氏は、日本あるいはどこの国の生産現場でも程度の差こそあれいえることとして、次のようにまとめられた。
①決める-実行-直す-実行
②人事、労務、税、通関については、管理項目を明確にし、役割分担をはっきり決め、確実にできているか、徹底して「自ら」フォローすることが大切。
③責任分担を明確にし、言い訳できない仕組みを作る。
④同一価値労働、同一賃金。優i秀な人には優秀な評価をすることが本当の公平である。優秀な人がやる気をなくすようであれば、会社の将来は暗い。
⑤管理監督は、「執拗なフォロー」が必要。
⑥写真などを使用して眼に訴えること。それによって有無を言わせない。
⑦通訳。特に総経理の通訳は一流でそれなりの給与が必要である。
⑧時間があれば、現場巡回、安全、労務、福利、品質、規律、作業行動等々、現場から情報をキャッチすること。 - (3) ベトナムにあるブラザー工業の現地法人ブラザーインダストリーズベトナム(BIVN)の小久江智之氏は、生産量が増加するにつれて発生してくる課題を1件1件解決していった。その過程で以下のように述べている。「ベトナムに限らず発展途上国共通の課題だと思われるが、工場運営する上で以下の課題が立ちはだかった。①電力・道路・通信といった基礎インフラが未整備、②法律未整備もしくは解釈不統一、行政機能が未熟である、③語学はじめ、基礎および専門教育体制が貧弱で、人材育成が遅れている、④部品を供給する裾野産業が未発達で、例え取引先が先に進出していても皆一年生、という課題である」。②の課題に対しては、経験豊かな優秀なローカルスタッフの採用で対応した。③に対しては、新入社員教育プログラムの充実と、優秀な学卒の採用で対応した。④に対しては、辛抱強く取引先と労務管理方法などの情報交換をした。
- (4) NECトーキンの中山秀祐氏は、中国・ベトナム・タイ・フィリピンの4か国の海外拠点で、現地の自主的活動体制を強化することにより、加速的な改善活動を推進しているという。これらの国のなかで、中国の労働環境はこの1~2年で激変している。それは、①作業者賃金の急上昇、②3K作業に対する拒否反応、である。これらの環境変化に対して、人員定着化施策と自動化レベルの引き上げを考えなければならなくなっている。人員定着のためには、賃金の要素以外に、モチベーションがあり、当社では、小集団活動の活性化やグローバルな改善発表大会を通じて、優秀なメンバーのモチベーションを高める活動を行っている。自動化推進は、従来の人海戦術的作業から、設備重視のものづくりへの移行である。アモイ工場では、従来ライン改善の比率が大きかったが、現在では、設備改善の比率を大幅に高め、自動化レベルの向上を急いでいる。これらのように、中国・東南アジアの拠点も、従来の手作業中心の生産という役割を脱却し、自動化の推進とともに、生産性や品質の向上を進めていくことが求められている。当社のような電子部品製造では、素材開発・生産技術開発を日本の主な役割とし、生産は原材料の調達と市場を考えて、中国・東南アジアを中心に自主性を高めながら事業拡大を進める、バリューチェーンの構築が急務となっている。
アジアのIEから何を学ぶか
「アジアのIEに学ぶ」というテーマで上記各種の記事を掲載しているが、そこから何を学ぶかは、結局、読者それぞれであると思う。特に、論壇の記事は大いに考えさせられる。不遜だが、「学ぶ」とは、教えてもらうということではなく、自らまさに学ぶということであると思われるからである。
黒須 誠治/企画担当編集委員
【論壇】新興国におけるモノづくりの考え方
浙江大学経済学院・アジア経済研究所開発スクールの竹内常善先生は、「文化」を中心に述べておられる。そのひとつは、人治主義と法治主義の違いを念頭に置かれよ、という以下のような議論である。「アジアのほとんどの地域では、まだ欧米風の経営システムも、日本風の法制度も確立してはいない。作業管理や経営上の管理目標が一応できていても、予想外の事態に立ち往生している日系企業も多い。多くの日本人は現地に多い『人治主義』という言葉を、依然として単なる『コネ社会』とか『ネポティズム』と同じように理解している。その程度の理解能力しかなかったために、当初から賄賂攻勢を行って早々に頓挫した某ゼネコン企業の話は、現地の笑い話となった」という。そして「留意していただきたいことは、人治主義が前近代的で、法治主義こそが近代的だとするダイコトミーには陥らないで欲しいという一点だけである」。
【ケース・スタディ】海外生産における現場改善の推進事例
インドネシアにあるPT.Yamaha Music Manufacturing Asia(YMMA)の市川猛氏は、12年の歳月を経て、4,000名の従業員で、7,000種の原材料・部品を購入して、5,000種類の部品・ユニットを生産し、それらを使用して850種類の完成品を全世界に出荷するまでに成長したYMMAの改善事例を述べておられる。この会社のもうひとつの特徴は、全社員平均の勤続年数が3年3か月という「経験不足の社員が多い」ということである。というのは、1契約期間は1年間としており、それを3回まで更新することが法律上認められているためである。3回目の契約期間満了の時に、正社員へ登用するか解雇するかを判断することになるが、このとき、毎回20%の程度の社員が落ちこぼれてしまい、かつ登用試験にかなりの人数が落ちてしまうためだという。しかし継続的にIE教育をし、改善活動を続けてきた結果、工程の間締めが進みスペース効率が大きく改善できた。設立当初は計画されていなかったプロオーディオ機器、デジタル機器などの生産追加が建物の増床なしで実現できたという。
【ケース・スタディ】中国製造拠点の運営
住友電装の楢原晴夫氏は、日本あるいはどこの国の生産現場でも程度の差こそあれいえることとして、次のようにまとめられた。
- ①決める-実行-直す-実行
- ②人事、労務、税、通関については、管理項目を明確にし、役割分担をはっきり決め、確実にできているか、徹底して「自ら」フォローすることが大切。
- ③責任分担を明確にし、言い訳できない仕組みを作る。
- ④同一価値労働、同一賃金。優i秀な人には優秀な評価をすることが本当の公平である。優秀な人がやる気をなくすようであれば、会社の将来は暗い。
- ⑤管理監督は、「執拗なフォロー」が必要。
- ⑥写真などを使用して眼に訴えること。それによって有無を言わせない。
- ⑦通訳。特に総経理の通訳は一流でそれなりの給与が必要である。
- ⑧時間があれば、現場巡回、安全、労務、福利、品質、規律、作業行動等々、現場から情報をキャッチすること。
【ケース・スタディ】ベトナム生産拠点の工場運営の取り組み
ベトナムにあるブラザー工業の現地法人ブラザーインダストリーズベトナム(BIVN)の小久江智之氏は、生産量が増加するにつれて発生してくる課題を1件1件解決していった。その過程で以下のように述べている。「ベトナムに限らず発展途上国共通の課題だと思われるが、工場運営する上で以下の課題が立ちはだかった。①電力・道路・通信といった基礎インフラが未整備、②法律未整備もしくは解釈不統一、行政機能が未熟である、③語学はじめ、基礎および専門教育体制が貧弱で、人材育成が遅れている、④部品を供給する裾野産業が未発達で、例え取引先が先に進出していても皆一年生、という課題である」。②の課題に対しては、経験豊かな優秀なローカルスタッフの採用で対応した。③に対しては、新入社員教育プログラムの充実と、優秀な学卒の採用で対応した。④に対しては、辛抱強く取引先と労務管理方法などの情報交換をした。
【ケース・スタディ】中国工場のものづくり革新
NECトーキンの中山秀祐氏は、中国・ベトナム・タイ・フィリピンの4か国の海外拠点で、現地の自主的活動体制を強化することにより、加速的な改善活動を推進しているという。これらの国のなかで、中国の労働環境はこの1~2年で激変している。それは、①作業者賃金の急上昇、②3K作業に対する拒否反応、である。これらの環境変化に対して、人員定着化施策と自動化レベルの引き上げを考えなければならなくなっている。人員定着のためには、賃金の要素以外に、モチベーションがあり、当社では、小集団活動の活性化やグローバルな改善発表大会を通じて、優秀なメンバーのモチベーションを高める活動を行っている。自動化推進は、従来の人海戦術的作業から、設備重視のものづくりへの移行である。アモイ工場では、従来ライン改善の比率が大きかったが、現在では、設備改善の比率を大幅に高め、自動化レベルの向上を急いでいる。これらのように、中国・東南アジアの拠点も、従来の手作業中心の生産という役割を脱却し、自動化の推進とともに、生産性や品質の向上を進めていくことが求められている。当社のような電子部品製造では、素材開発・生産技術開発を日本の主な役割とし、生産は原材料の調達と市場を考えて、中国・東南アジアを中心に自主性を高めながら事業拡大を進める、バリューチェーンの構築が急務となっている。