ものづくりとは何か:ものづくり再考
2023年3月 / 329号 / 発行:2023年3月1日
目次
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巻頭言
「ものづくり」という言葉の尊さ
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2023年度の特集テーマについて
2023年度の特集テーマについて
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特集テーマのねらい(特集記事)
ものづくりとは何か:ものづくり再考
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論壇(特集記事)
IEはオワコン? ものごとの原理原則?
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ケース・スタディ(特集記事)
イノベーション時代の改善中核人財の育成
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ケース・スタディ(特集記事)
デジタルと現場をつなげるモノづくり
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レポート
第51回「日本IE文献賞」受賞文献のご報告
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コラム(124)
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協会ニュース
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連携団体法人会員一覧
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編集後記
特集テーマのねらい
「ものづくり」という言葉が頻繁に使われるようになってから、二十数年間が経過しました。意外に思われる方もいらっしゃるかと思いますが、「ものづくり」という言葉は、1990年代の後半以降、世の中で盛んに使われるようになった言葉です。経済産業省が主導する「ものづくり基盤技術振興基本法」という法律が公布されたのが1999年ですし、ものつくり大学という名称の大学が創立されたのも1999年です。日本経済新聞社が発行している日経各紙において、「ものづくり」という用語が使われた記事件数の推移を見ると、1997年以降、急速に使用頻度が高まっていることが確認できます。
しかし、「ものづくり」という言葉がさし示す対象は、どのようなものでしょうか。類似した用語として、以前から「製造」や「生産」という言葉が存在しますが、これらの言葉との本質的な違いは何でしょうか。なぜ我々は、時として“熱く”語る時に、「ものづくり」という言葉でなければリアリティを感じないのでしょうか。また、「日本のものづくり」といった時に、そこに含まれる範囲はどこまでなのでしょうか。「海外事業所を含めた日本企業の」という意味や「国内製造拠点の」という意味、あるいは「日本人作業者の」という意味にも解釈できます。
このように考えてみますと、「ものづくり」という言葉は、大和言葉ゆえに大変親しみ深く、かつ便利な言葉である反面、ものづくりとはそもそもどのような行為で、何が日本のものづくりに含まれ、何が含まれないかという境界は極めて曖昧です。むしろ、曖昧だからこそ、日本のものづくりの将来について我々が議論する際には、皆が実体として同一の対象を認識していると感じ易く、ある種のリアリティを持って議論できるのではないかとも考えられます。
実は、ものづくりという曖昧な言葉が機能するのは、日本のものづくりではない外部との差異が強調されている時ではないかと思います。したがって、日本のものづくり内部の同一性・均一性は必ずしもめざされておらず、その意味で曖昧な言葉なのではないかと考えます。つまり、逆説的ではあるのですが、ものづくりという言葉は、企業のグローバル化が進展する中で、日本のものづくりの独自性や特殊性がともすれば希薄になってきたために、以前にも増して外部との差異化を積極的に図る目的から頻繁に使用されるようになったのではないかと考えられます。ものづくりが日本の伝統文化や固有文化に根差した行為であり、その精神性・歴史性がとかく強調されるのも、このような背景からではないでしょうか。グローバル化を通じて、日本のものづくりが外に開かれているからこそ、変化に対応しつつも自らのアイデンティティを維持するために、「ものづくり」という言葉が今まで以上に必要になっているのではないかと思います。
本特集では、以上の問題意識から、「ものづくり再考」をテーマとして掲げ、製造各企業は「ものづくり」という言葉を実際どのように定義しているかを探り、今一度「ものづくり」とは何かを考えた上で、「ものづくり」とIEの関係について改めて考察したいと思います。
記事構成
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巻頭言
慶應義塾大学名誉教授の中村善太郎先生に「『ものづくり』という言葉の尊さ」と題して執筆いただきました。「ものづくり」という単純で分かりやすい言葉が、深く、かつ総合的な意味を宿しており、大切な価値ある働きをすること、現場での「もの」と「つくり」について、腰を据えてじっくりと観ることで、問題の発見と解決に向けての発想や着想を得ることができるとのことです。その上で、「もの」の気持ちにならないと、「つくり」はできない、我々は「もの」と「つくり」が融合した、良い「もの」を生み出す「ものづくり」体質をめざすべきであるとの主張は、まさに正鵠を射た言葉であり、大いに読者の参考になるのではないかと感じました。 -
論壇
日本生産性本部の藤本忠司氏に「IEはオワコン?ものごとの原理原則?~『不易流行』新たな『IEブランディング』で企業飛躍の道具に~」と題して執筆いただきました。コンサルタントとして多くの製造現場を見てきた経験から、IEは考え方の原理原則であり、時代に合わせて転換していくべきタイミングであること、また一方で、IEに対して「食わず嫌い」や「知らない」企業も多く、今後必要なのは、「IEのブランディング強化」であるとのことです。今回は、IEを愛しているからこその「辛口投稿」とのことですが、読者も共感できる部分が多いのではないかと感じました。 -
ケース・スタディ
- ①AGCの大西壮氏には、「イノベーション時代の改善中核人財の育成~人財が育ち、技術が育ち、社会への貢献につなげる~」と題して、同社の人財育成のあり方、また組織風土改革の内容について紹介いただきました。昨今、社会環境が大きく変化する中で、最大の経営資源といえる人財価値を高めていくことが企業にとって益々重要となっているとの認識のもと、AGCでは、新たな価値を創造し持続的な発展を支えていくための人財育成と、その能力を最大限に発揮できる風土改革に力を入れて取り組んでいるとのことです。オペレーショナル・エクセレンス(業務の卓越性)を追求する同社の取り組みは、大いに読者の参考になるのではないかと感じました。
- ②リコーインダストリーの加藤博氏には、「デジタルと現場をつなげるモノづくり」と題して、人手による組立作業のデジタル化を通じて、現場力の強化と改善サイクルを素早く回す仕組みの構築へとつなげた、同社の工場DXの事例を紹介いただきました。DXはあくまで手段であり、生産現場のデジタル化を支えるのは現場での知見や経験と、デジタル化スキルをあわせ持った人財であるという主張は、長年製造現場の課題や困りごとに接してきた著者ならではの経験に裏打ちされた迫力のある主張であると感じました。
まとめ
「ものづくり再考」をテーマとした以上の論考を見ると、朧気ながら1つの共通点が存在するのではないかとの着想を持ちました。それは、一言で要約すれば、結局「『ものづくり』は『人づくり』」であるという命題です。寄稿いただいた著者の方々それぞれが、今一度ものづくりとは何かを再考された結果、出てきた1つの方向性が人財育成です。実は、この点は日本企業の特徴の1つではないかと考えています。欧米のIE専門家や、欧米企業の生産実務担当者と話した経験がさほど多くはないので、確かなことはいえないのですが、仮に欧米の方々に、同じテーマでお話いただいても、人財育成に焦点があたることはあまりないのではないかと思います。
なぜ、日本企業においては、「ものづくり」は「人づくり」なのでしょうか。この点について、改めて考え直してみることで、ものづくりとは何か、製造や生産という外来語との本質的な違いが浮き彫りになるのではないかと思います。
最近、私は「手入れ」という行為に着目しています。手入れとは、対象を良い状態にしておくために世話をし、整える行為をさします。道具や庭の手入れなど、日常生活の中で普通に行なわれている行為ですが、主体と対象との関係性を考えた場合に、実に日本らしい行為なのではないかと思います。というのも、手入れという言葉は、対象をできるだけ自分の意にそうように制御しようとするものの、結局は完全に制御することができない時にむしろ使う言葉で、思いのままにならない対象に対して、思いのままにしようとしても半分無理だと分かっていながら、それでも現状を少しでも維持・改善しようと日々行なう行為です。そのため、手入れという行為は、対象に対して何度もこまめに世話をすることが重要で、手間のかかる行為です。ものづくりの現場である製造現場においても、実は同じ発想があるのではないかと思います。物の製造過程であるものづくり現場においては、様々な予期せぬ出来事が日々発生します。このような日々発生する問題に対して、こまめに世話をし調整していくことが重要になります。そして、こまめな世話や調整を行なうためには、もちろん一定のスキルを持った人が重要になります。また、対象である仕掛品・製品といった「もの」に対しても、あたかも赤ん坊を世話し手塩にかけて育て上げるように、こまめに世話をしながら「つくり上げる」行為そのものが、「ものづくり」であると感じます。製造現場の主体も人、対象もあたかも人のように扱うことが、日本のものづくりの特徴なのかもしれません。