競争力を高めるモノづくり
2023年8月 / 331号 / 発行:2023年8月1日
目次
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巻頭言
欧州のモノづくりと日本のモノづくり
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特集テーマのねらい(特集記事)
競争力を高めるモノづくり
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ケース・スタディ(特集記事)
IoTツール活用による段取時間の短縮活動の活性化
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ケース・スタディ(特集記事)
DXと自動装置を活用した段原紙倉庫内作業の効率化
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ケース・スタディ(特集記事)
生産性向上に取り組むものづくり企業の支援について
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ケース・スタディ(特集記事)
他社のやらないことに挑戦し、「品質」と「製造力」の強化をめざす
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プリズム(特集記事)
従業員エンゲージメントを高めるために「本当に必要なこと」
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会社探訪
日鐵内総幸福向上プロジェクトのためのモノづくり-日鐵鋼業(株)-
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現場改善
研究開発型の農業法人がめざす農業現場の生産性向上
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コラム(126)
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協会ニュース
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連携団体法人会員一覧
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編集後記
特集テーマのねらい
米中貿易摩擦の影響を受けて2019年あたりから製造業の国内回帰のトレンドは増加傾向にあります。2023年版ものづくり白書によると、直近の1年間で国内回帰が最も多かったエリアは中国・香港であり、一方でASEANには新規移転数が国内回帰数を上回っています。国内回帰の要因として、新型コロナウィルス感染症への対応、為替変動、そして人件費の上昇、海外移転の要因として、人件費の上昇、消費地生産、そして労働者の量があげられています。国内製造拠点はマザー工場とする体制には変更がないものの、多品種少量生産や短納期生産などに柔軟に対応するために国内拠点が見直されています。
また、原材料やエネルギーなどの価格は近年上昇傾向にありましたが、ロシアのウクライナ侵攻の影響も受けさらに加速しています。同白書によると、事業に影響をおよぼす社会情勢の変化として、原材料価格(資源価格)の高騰、エネルギー価格の高騰、そして為替変動が上位にあげられています。価格転嫁も進む中、実際に価格転嫁できた金額は50~60%とする回答が最も多く、賃金上昇も含めてコストの増加が企業の収益性を低下させています。
このような状況に対応するため、生産性向上の取り組みの必要性は確実に高まっています。DX化のため、デジタル技術の活用にも熱心に取り組まれています。デジタル化を推進する人材育成も必要であり、リスキリングの取り組みも国も主導をはじめています。人協働ロボットの活用は省人化よりもはや少ない人員数での出来高の向上が課題となり、迅速な生産計画の変更や資源の再配分によるサプライチェーンの強靭化への取り組みも進んでいます。その他、生産能力の安定確保も対策として有効ですが、そのためにもデジタル技術の活用はもはや避けて通れません。デジタル技術に流されることなく、この流れに乗りモノづくり自体が組織の競争力を向上する、競争力を高めるモノづくりへの取り組みの必要性が高まっているといえます。
IEは、価値とムダを顕在化させ、資源を最小化することでその価値を最大限に引き出そうとする見方・考え方であり、それを実現する技術です。人手、資金、資源、そしてエネルギーなどさまざまな資源が制約される中、IE的思考が競争力強化においても改めて重要といえます。そして、現場で地道に取り組まれる改善や5Sなど、競争力の基盤ともなるモノづくり組織能力にも注目をする必要があります。
近年、従業員エンゲージメントが生産性と正の相関関係があるといわれています。従業員エンゲージメントとは、従業員が組織に対して強い関与や熱意を持っている状態をさし、従業員が自身の仕事に対して満足感や意欲を抱き、組織の目標に対して積極的に貢献しようとする姿勢のことです。
エンゲージメントが高い組織では、従業員がより熱心に仕事に取り組み、結果として生産性が向上することが多いといわれています。そのため、組織は従業員エンゲージメントの向上を意識的に促進する取り組みを行なうことも重要となります。
一方で、競争力とは何か? このことについても今一度考えてみる必要があります。短期での成果を求めた取り組みに目が行きがちですが、持続可能性を考えると長期での視点を忘れてはなりません。経済産業省はDXを、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義しています。デジタル技術の活用、先進事例に興味関心が集まりますが、結果として競争上の優位性を確立することが目的であるとすれば、これらはデジタル技術の活用は手段であることを今一度認識する必要があるといえます。
そこで、本特集では、競争力を高めるためにモノづくりはどのようにあるべきかといった点にフォーカスし、そのユニークな取り組みについてまとめ、特集を組むことといたしました。国内回帰に向けて取り組んでいる課題、生産性向上に効果を発揮しているデジタル技術の活用、日々状況が変化する中での生産方式での対応、さらには従業員エンゲージメントの向上の取り組みの工夫など、競争力を高めた取り組みを紹介いただき、モノづくりを基軸とした競争力の原点について考えることとしました。
記事構成
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ケース・スタディ
- ①住友電気工業の大原健氏に、「IoTツール活用による段取時間の短縮活動の活性化」というテーマで執筆いただきました。同社では、変種変量かつ短納期化、要求品質の向上といった市場変化への対応を目的として「強い工場:Global Competitive Factory」づくりをスローガンに、組立型、材料型、そして長モノ型の3つの製品形態に分類を行ない、モノづくり力の強化のため生産システムの構築ならびに改善を行なっています。また、その構築に際して、LV(Lead-time & Value)というリードタイムとコストの2軸で表す共通指標を設定しています。この指標を用いて、現場の熟練作業者と派遣社員を含む新人作業者の段取時間が2倍以上のバラツキがあることに着目をし、その早期低減のための改善に取り組んでいます。IoTツールを活用して収集された作業時間から、標準時間を超過した時、作業を抽出し、作業動画を観察することにより、これまで気づけていなかった作業の難しさ、ムダな作業に気づく機会を得て、改善につなげています。また、この活動を社内の国内外の他の工場にも展開を行ない、1回ごとの段取時間をKPIに設定して比較するといった検討も進められています。同社独自の作業改善アプローチとなります「標測眼」の紹介も行なわれています。
- ②レンゴーの宍戸正弘氏に、「DXと自動装置を活用した段原紙倉庫内作業の効率化」というテーマで執筆いただきました。同社では、段ボール原紙の生産性を向上による出荷量の増加に対応するために、随時、製品倉庫を追加することにより製品置場と出荷場所を増やして対応を行なってきました。しかし、このことにより、トラックが集合する構内では混雑が発生し、複数の倉庫の積み合わせが増えたことにより、積込時間の追加や倉庫ごとの待機時間が発生するなど、ホワイト物流への対応が課題となっていました。この対策として、工場近隣に大型の拠点倉庫を設置するころで、対策を図ってきましたが、記事では、その一環として取り組まれた2021年に大阪市福島区に開設された淀川流通センターでの取り組みについて紹介されています。倉庫内作業の負担軽減を目的とした自動倉庫の導入、大型・重量物である製品に安全面から人が接近しないようにするためRFIDを活用した遠隔非接触での製品認識の仕組みなど取り組まれました。これらの取り組み結果は、作業者の負担の軽減、安全性の向上といった直接的な効果のみならず、RFIDの活用はサプライチェーン全体での効率化も期待されるといった間接的な効果も見込まれています。
- ③鳥取県産業技術センターの橋本雄裕氏に「生産性向上に取り組むものづくり企業の支援について~鳥取県産業技術センターの支援活動紹介~」というテーマで執筆いただきました。鳥取県は、製造業の製品出荷額が全国で第45位とその額は小さいながらも県内の全産業に占める製造業の割合が高く、県内の主要な産業となっています。一方でそれを支える人手は、鳥取県自体が人口減少が続く中、人手不足は深刻であり、製造業の生産性向上のための製造工程の改善、効率化が不可欠となっていました。AI、IoT、ロボット技術の活用に注目が集まる中、これら技術のニーズ調査を実施し、その結果を業種ごとに集計し、分析を行なった結果、(1)AI、IoT、ロボット技術の活用を検討するユーザーの知識不足、人材不足、(2)ロボットなどの実機に触れる機会がないことから、ロボットなどを製造工程に導入した際に、製造工程への適用先や導入により得られる効果が不明の2点が課題として抽出されました。そこでAI、IoT、ロボット技術を製造工程に導入することを想定し、その実装支援拠点として2019年12月に“とっとりロボットハブ”を同センター内に開設しています。記事では企業支援の事例、開催されたセミナー、技術研修が紹介され、これらの支援者でもあるSIerを支援するスキームについても紹介がされています。
- ④ナカノアパレルの中野一憲氏に「他社のやらないことに挑戦し、『品質』と『製造力』の強化をめざす~(株)ナカノアパレルの取り組み~」というテーマでお話をうかがいました。同社では、女性向けアパレルを中心に、国内外のセレクトショップや著名ブランドの生産をOEM、ODMで手掛ける中、2016年には男性向けの自社ブランド「WEWILL」も立ち上げています。奈良県生駒市で1986年に誕生した同社は、元々自社工場を持たないファブレスの形態をとり、中国などで生産委託していました。ところが、世界の工場といわれ始めた中国には欧米より多数のオーダーが入る中、自分たちの工場を持たなければ、作る場所がなくなる、そして現場を持つことが強みになる、との中野憲司社長の判断から、2005年に中国の無錫に自社工場の操業を始めています。その後、チャイナ・プラスワンがいわれる中、第3国ではなく山形県南陽市に本社工場を設立し、あわせて本社も東京から移転をしています。同社の扱う多品種小ロットの生産に対しては国内での生産に競争力の源泉を見出しての決断でした。さらにその国内での生産を強化する取り組み内容が記事では紹介されています。中小企業としてSDGsを武器にするといった視点についても、競争力といった観点からも参考になる内容となっています。
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プリズム
アトラエの川本周氏には、「従業員エンゲージメントを高めるために『本当に必要なこと』」というテーマで執筆いただきました。従業員エンゲージメントの向上が求められる中、エンゲージメントについて体系的に説明し、その理解を深めるため、よくある3つの誤解を解くことにより、説明がされています。同社のサービスであるWevoxと通じて収集された1億7,500万件以上の回答データにより得られた示唆に富んだ内容が紹介されています。これからの組織作りのあるべき姿として、自分たちのエンゲージメントを自分たちで育めるチームを増やすといったメッセージが印象的な内容となっています。 -
会社探訪
日鐵鋼業の能登伸一氏には、「日鐵内総幸福向上プロジェクトのためのモノづくり」というテーマでお話をうかがいました。
2011年より全員参加で取り組む3S活動は、日鐵内総幸福向上という従業員満足度の向上を目的としています。3S活動を基盤とした残材管理、ペーパーレスの取り組みにデジタル技術も活用することにより、今ではDX企業としても注目を集めています。活動を通じた従業員の遣り甲斐と働き甲斐の表れとして自主性、主体性が発揮され、現在の効果が生まれていると能登氏はいわれています。記事では、その具体的な取り組み内容が紹介されています。
おわりに
VUCAの時代といわれる、変動性、不確実性、複雑性、そして曖昧さのある現在、かつての成功体験が通用しなくなっています。その対策として、常に最善の方法を模索する思考プロセスの重要性が高まっているといえます。競争力を高める手段も唯一ではなく、さまざまな手段があり、そのことがそれぞれの記事からも確認をすることができました。
ダイキン工業の森田重樹氏は、巻頭言の「欧州のモノづくりと日本のモノづくり」の中で自身の長年にわたる欧州での経験を踏まえて、「環境対応やトータル・システム化に関しては欧州が先行しているが、グローバルなモノづくりにおいては日本の役割は大変重要である」と述べられています。欧州にて長らく活躍をされ、世界から日本のモノづくりを見てこられた方の意見は重たく、語りかけてくるものがあります。
DXのみならずGX(グリーン・トランスフォーメーション)の取り組みも加速しています。モノづくりを通じて競争力を高める、そのために日本のモノづくりが果たすべき役割はまだまだあり、そのことについて改めてご一緒に考えてみてませんか? 今回の特集記事がその始まりとなることを願っています。